2008  古きを守り新しさを求める
 LOHASスタイル
『私が生まれ育った街刈谷は、
LOHASな暮らしが似合う
街であってほしい』
代表取締役社長 鈴木文三郎

 
『JFLで活躍している刈谷のアマチュアサッカーチーム、
FC刈谷を知っていますか?』
 KAKUBUNビルから逢妻川を挟んで南側に位置する「ウェーブスタジアム刈谷」。ここは、JFLに所属するFC刈谷のホームグランドです。
 FC刈谷とは、刈谷市の市民が中心となって設立した「NPO法人かえるスポーツクラブ」が運営するアマチュアのサッカークラブチームです。 私はこの「NPO法人かえるスポーツクラブ」の理事も務めており、FC刈谷の運営にも関わっています。また、KAKUBUNグループでも地元のサッカーチームとしてFC刈谷を応援しています。
 このチームのユニフォームデザインに用いられている、斜めに走る赤いラインは"赤ダスキ"と呼ばれ刈谷のサッカーのシンボルデザインでもあり、高校サッカーの強豪である愛知県立刈谷高等学校のユニフォームをモチーフにしたものです。余談ですが、JFL以上の国内サッカークラブで、ユニフォームにスポンサー企業名が入っていないのは、FC刈谷だけのようです。
 この、かえるスポーツクラブ理事の役職以外にも、地元刈谷に関係のあるいくつかの公的な役割を果たさせていただいています。私にとって刈谷という街がとても大切なものだからこそ、市民の一人として街に貢献できる公的活動にも積極的に取り組んでいます。
逢妻橋よりウェーブスタジアム刈谷方面を臨む

『大切にしたい原点の街は、LOHASな未来を育む重要な拠点でもあります』
 刈谷市泉田町。のどかな田園風景が随所に広がるこの街が、私の生まれ故郷です。
 生まれて以来、大学時代4年間とその後社会人時代3年間を除いて、この街で暮らしてきました。今も豊かな自然が残るこの街で、子供の頃から暮らしてきた事は、私のLOHASなライフスタイル にも影響を与えていると思います。
 また、KAKUBUNグループも1863年の創業以来、この街を本拠地として事業を展開してきました。
 私が刈谷で最も印象に残っている風景は愛教大附属高校で高校時代に目にした風景です。当時、教室で窓の外に視線を向けると、鮮やかな御獄山や南アルプスの山々が遠くに見えて気分爽快になったものです。四季を通じて変化する風景が手にとるように美しく感じたのを覚えています。高校時代のこうした経験を元に提案したのが、刈谷市井ケ谷町に建設した高層・大型マンション「ユニーバーシティ刈谷」の最上階15階に共用施設として設けたスカイルームです。当時としては画期的な設計プランとして好評でした。
 仕事やプライベートで全国各地、世界各国へ出掛けてもいつも帰るべき場所として優しく迎えてくれるこの街は、私にとってまさにLOHASなホームタウンです。
ユニバーシティ刈谷
ユニバーシティ刈谷 スカイルームの眺望
洲原公園の桜

『様々なイベント参加や地域貢献活動に参加するたびに、
この街の大切さを深く認識しています。』

 28歳で入会以来12年半にわたり、刈谷JC(青年会議所)のメンバーとして、愛知万博の誘致活動をはじめ、刈谷を拠点に国内各地や海外でも様々な活動に参加しました。
 このJC入会から3年後の31歳の時には、刈谷市の姉妹都市、カナダのミササガ派遣市民として、ミササガ、トロント、バンフ、バンクーバーへと友好親善旅行に出掛けました。
 また、刈谷市の夏祭りとして親しまれているわんさか祭りも、運営スタッフとしてお手伝いさせていただいたことがあります。この他にも市内のイベントや地域貢献活動に数多く参加させていただきました。

 こうした数々の地域に関わりの深い活動を通じて、改めて刈谷が自分にとって大きな存在意義を持っている街ということを再認識しています。
 2008年度からは、刈谷市内で既存の建築業界団体3団体を解散。新たに誕生した「刈谷防災まちづくり協議会」の団体の初代理事長に就任させていただいています。これから地元の建設業者の皆様と共に力を合わせて、新しい刈谷の防災活動や街づくりについて、行政にも積極的に提案をしていきたいと思います。



『さらに暮らしやすいLOHASな街になっていくように
 これからも変わり続ける刈谷を応援していきたい。』

 KAKUBUNでは、1984年に第1弾として販売した分譲マンション「エル板倉」から最新の「エルグランデ泉田フォレスタ」まで、刈谷市内で30棟、KAKUBUN本社から半径2km圏内の近隣エリアだけでも15棟のマンションを販売しています。
 これらのマンションにお住まいのご家族をはじめとして、より多くの方々にこの素晴らしい刈谷の街でLOHASな暮らしを実現していただきたいと願っています。また、ビジネス以外にも公的立場やプライベートでも、刈谷の魅力をより多くの人に伝えたい、刈谷をもっと住みやすい街にしたい、刈谷の成長を応援していきたいという気持ちを込めて、様々な活動にこれからも取り組んでいきます。
 そして、私が生まれ育った街であり、事業基盤の街でもある刈谷市を、ますますLOHASな暮らしが似合う街となるように貢献していきたいと思います。


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 次回【Story.20】
グループ企業の合同イベントが、LOHAS Storyに変わる瞬間

私の「LOHAS」Story Part2  contents(目次)

鈴木文三郎 略歴

1957年生まれ 刈谷市出身 
1980年 早稲田大学商学部卒
1980年 三井不動産販売(株)入社
1983年 三井不動産販売(株)退社
1983年 角文木材工業(株)【現:すまいの角文(株)】入社
1990年 同社代表取締役社長に就任
1994年 西三河リハウス(株)代表取締役社長に就任 
1996年 中部圏定期借地権住宅機構理事長に就任
2002年 角文建設(株)代表取締役社長に就任
2004年 NPO法人中部定期借地借家権推進機構理事長に就任